本当に自筆証書遺言で大丈夫ですか?

 

遺言書・相続を専門に業務を行っている行政書士の宇田川亨です。

弁護士や行政書士などの専門家は、自筆証書遺言より公正証書遺言を勧めるのですが、なぜそうするのかをお話ししていきたいと思います。

多数の専門家は、公正証書遺言の方を勧めると思います。私は仕事柄、他の専門家とお会いした時に遺言書のお話をするのですが、今まで質問した中で

「公正証書遺言より自筆証書遺言の方が良い。」

とおっしゃった専門家は1人もいませんでした。

 

 

ご相談者、ご依頼者のプライバシー保護のため、多少具体例にアレンジを加えて、ご紹介させていただきます。

 

1、今までに私が聞いた、自筆証書遺言を書いて失敗した具体例

 

具体例1 

ある日、80代の男性よりお電話をいただきました。

「自分で遺言(自筆証書遺言)を書いたんですけど、あっているのか、間違っているのか、よくわからなくて。やはり、専門家にお任せしたいと思います。遺言書を作ってもらえますか?」

という、お電話でした。

私は、早速、その男性のお宅にお伺いしました。その方の奥様も80代の方でした。参考のために自分達で書いたという遺言書を見せてもらいました。

そうすると、なんと1枚の紙に旦那様の遺言と奥様の遺言と一緒に書いてありました。これは、いけません。「共同遺言の禁止」と言って、民法975条に「遺言は、2人以上の者が同一の証書ですることが出来ない。」と決まっています。証書とは、遺言書の事になります。

つまり、この場合、夫婦で1枚の遺言書を書くだけで、無効になります。内容がどんなにきちんとしていても、無効です。

 

旦那様と奥様にお尋ねすると、特に遺言書や相続の本を読まずに、遺言書ってこんな感じだろうということで、書いてみたとおっしゃっていました。

でも、あっているのか、間違っているのかさえも、よくわからないので、私の事務所へお電話をくれたとのことでした。

 

専門家は、1冊3千円から5千円ぐらいの遺言書や相続の本を何冊も購入して、勉強しています。イラストなどはほとんどのっていない専門書です。

また、所属団体が主催する有料や無料の講演・セミナーを受講して、さらに高度な遺言書・相続の知識を身につけようとしています。

 

出来れば、こういう専門家にご依頼をしていただきたいのですが、どうしても自筆証書遺言で書きたいとお考えの方は、遺言書・相続に関する本を3~5冊ぐらい読んでいただき、理解してから作成をしていただいた方が良いと思います。よくわからないけれど書いてしまうというのは、1番いけないことです。

「本を読むのはめんどくさい。だからといって専門家に高いお金を出して依頼するのも嫌だ。」とおっしゃっている方がたまにいます。

私としては、「本を読んでしっかり理解する。あるいは専門家に依頼する。」のどちらかは受け入れて、実行しないといけないと思います。

 

このご夫婦は、すぐに公正証書遺言作成補助のご依頼をいただき、しっかりと遺言書を作成させていただきました。

 

具体例2

お父様が亡くなられて、自筆証書遺言があるので、相続手続きを依頼したいと、50代男性よりお電話をいただきました。

その方のご自宅に訪問させていただき、自筆証書遺言を拝見させていただきました。不動産の権利書や銀行の通帳と一緒に確認させていただいていたのですが、遺言書の書き間違いを見つけました。ある銀行の口座番号が1つ間違っているのです。

後日、その銀行に問い合わせをしまして、事情を説明しました。その銀行では、口座番号が違うと相続手続きは進められないとのことでした。そういう答えが返ってくると思っていましたが、念のために問い合わせをした次第です。

 

人間は、私を含め誰でも年齢を重ねてくると、記憶力が衰えたり、注意力が落ちたりします。この亡くなったお父様も自分では

「まだまだ記憶力や注意力は、大丈夫だ」

と思っていたのかもしれません。でも、結果的には遺言書の銀行口座番号の間違いに気付かずに亡くなられてしまいました。

専門家を頼っていただきチェックしてもらって、間違いのない遺言書を作っていただけたら、よかったのにとこの時に思いました。

 

このお父様の間違えていない財産の部分は遺言書を使って、間違えた銀行の部分は、別に遺産分割協議書を作成して、相続人のみなさんに署名、押印をしていただき、遺産分割協議書で相続手続きを無事に完了しました。このご家族は、たまたま仲の良いご家族で遺産分割協議書にスムーズに署名、押印をしてくれましたが、仲が悪いご家族であれば、どうなっていたのかを考えると恐ろしくなります。また、この遺産分割協議書作成は別途私の報酬を請求させていただきましたので、間違えたことにより、結果余計にお金がかかってしまいました。

 

具体例3

私が遺言書セミナーの講師を務めたセミナーの終了後、50代ぐらいの女性の方から聞いたお話しです。その女性は

「私の父は、生前に自筆証書遺言を書いていました。その父が亡くなり、家族のみんなで遺言書を読んでみると、預貯金の事については、ちゃんと書いてありました。しかし、1番価格が高い家と土地について、一切書いていないのです。家族みんなで話したんですけど、家と土地については書くのを忘れちゃったのかね。と話しました。」と教えてくれました。

 

その後、このご家族がどういうふうに相続手続きを進めたかというと、預貯金の部分は遺言書を使って、家と土地については、別に遺産分割協議書を作成し、相続人のみなさんが署名、押印をして、相続手続きを完成させたとのことでした。

 

遺言を作成したお父様がお亡くなりになっているので、本当のところは、どうだったのか、聞くのは叶いませんが、やはりこの女性が想像している通り、家と土地については、書くのを忘れてしまったのでしょう。先にお話をした具体例の2番目と同じで、おそらく「自分は大丈夫、間違うはずがない。」と思っていたのだと思います。

 

2、遺言書って、何でしょう?頭を真っさらにしてもう1度考えてみましょう。

 

遺言書を書く目的の主なものは、財産承継です。財産承継とは、高齢でこれから死亡するであろう自分の財産を配偶者や子、孫などに引き継ぐことを言います。

遺言書は、法律文書になります。その書類で遺言者が死亡したときに、その人が持っている数百万円、数千万円の財産が死亡を原因として、記載のとおりに配偶者や子、孫などに移転するという効果が発生します。

ですから、遺言書はメッセージではありません。家族への手紙でもありません。多少間違えてもよい書類でもありません。メモ程度に書いておくものでもありません。

 

結論は、遺言書は「相続手続きに使う大変重要な書類」です。

預貯金であれば、遺言書を郵便局や銀行に提出します。

不動産であれば、遺言書を法務局に提出します。

事例でご紹介したように間違いのある遺言書を遺してしまったら、預金であれば、相続人の方が銀行の窓口に行ったときに、窓口の担当の方から

「この遺言書は、口座番号が間違っているので、残念ながら相続手続きを進めることは出来ません。」

と言われるでしょう。

不動産であれば、法務局の方に

「ここの地番が間違っているから、名義変更出来ませんよ。」

などと言われてしまいます。

そんなことを言われたら、相続人であるご家族は、途方に暮れてしまいます。

困ったことになり、頭を抱えてしまうでしょう。

つまり、ご家族にわかるだけではだめで、法務局や銀行の方にも、しっかりと疑いなく伝わるように作成しないとならないのです。それが「相続手続きに使う大変重要な書類」の意味です。

 

話しは変わりますが、高齢者の自動車運転事故が増えているというニュースをよく耳にします。この運転されている方たちは、なにも事故を起こしたくて、起こしたものではありません。自分では、きっと

「まだまだ自分は若い。記憶力も集中力も反射神経だって衰えていない。」

と思っていたのでしょう。しかし、歳を重ねると集中力も反射神経も衰えます。

人がいるのを認識して、「危ない」と思ってから、ブレーキを踏むまで、昔の若い時には0.5秒ぐらいで踏めたものを高齢になると3秒ぐらいかかってしまいます。これでは、事故は多くなるのは当然ということになります。

 

遺言書の場合も、同じです。ご自分では

「きちんと間違いなく、正しい遺言書が書ける」

と思っているのでしょう。しかし、実際は、記憶力、集中力などの衰えにより、相続手続きに支障なく使える遺言書を書けなくなっているのです。

このことをご自分で客観的に考えていただき、専門家に依頼するということも考えていただければと思います。

 

3、なぜ、公正証書遺言が良いのか?

 

ここでやっと本題です。公正証書遺言がなぜ、自筆証書遺言より良いかといいますと

 

1、無効になる可能性が極めて低い。

 

公証人という裁判官や検察官を経験した法律に詳しい準国家公務員が作成してくれるので、無効になる可能性は極めて低いです。自筆証書遺言ではよくある「共同遺言の禁止」などの法律違反で無効になったり、書き間違いで無効になることが極めて低いです。

 

2、遺言者本人の遺言書だということが公に証明される。

 

公証人が遺言者本人であることを実印の印鑑登録証明書などを提出させることにより、本人であることを確認し、さらに遺言書に利害関係のない証人2名も

同じく確認するので、公に遺言者本人の遺言書と証明されます。

自筆証書遺言では、一人で遺言書を作成することが出来るので、亡くなった後、遺言者本人のものか、相続人同士で争いになることもあります。またその遺言書を筆跡鑑定しても、鑑定人によって本人のものと鑑定が出たり、本人のものではないと鑑定が出るので、真実にたどり着けるかどうかわかりません。

 

3、遺言書で争いになった場合でも、信用力が高い。

公証人が講師でお話をしていただいたセミナーで聞いたことがあるのですが、公正証書遺言で作成すると、遺言者が亡くなったあと、その遺言書の内容に不満のある相続人が裁判をおこしても、公正証書遺言の内容をひっくり返すことは非常に難しいとのことです。裁判所に対しても、それだけ信用のある公文書になります。

 

4、公正証書遺言の作成補助を専門家に頼むのはなぜか?

 

公正証書遺言の作成ご希望の方は、直接公証役場にご連絡をしていただいて、作成をすることが出来ます。しかし、中には弁護士や行政書士などに作成の補助を依頼される方もいます。そのことについてお話をしていきます。

 

1、公証人は、忙しい

 

地域やその公証人にもよりますが、公証人は多忙です。公証役場では遺言書の作成だけをすればよいのではありません。遺言書の作成を始め、離婚協議書、金銭消費貸借証書(借用書のこと)、不動産の賃貸借契約書、任意後見契約書などの書類作成もしています。

公証人は、公務員なので土日祝日はお休みですが、私がお世話になっている公証人は、忙しくて書類作成が間に合わず、土日もお仕事をして、メールやFAXでご連絡をしてくれます。また、お昼休みも忙しくてお昼ご飯を食べられない時もあるそうです。

そんな状態なので、公証人にゆっくりと遺言書に関するご相談をしたくても、長い時間を取ってはいただけないと思います。ある公証役場にお尋ねしたところ、原則は相談時間30分とのことです。回数は原則1回と教えていただきました。

そうすると、一般の方が公証人に事情を説明して、公証人より必要な書類を教えていただくとほぼ終わりの時間となってしまいます。ちなみにどういう風に財産を分けるかは、ご自分で決めることで、公証人は遺言者が決めたことを公文書にするだけです。ですから、家族の事情を話して、どういう風に分けたらいいか聞いても、おそらくは「ご自分で決めてください。」と言われるでしょう。

 

以前、結果的に私の事務所でご依頼をいただいた方は、最初はご自分で直接公証役場に行って、いろいろと説明を聞こうと思い、出掛けました。しかし、公証人は10分ぐらい事情を聞いてくれて、あとは必要書類の説明書を渡されて帰ってきたそうです。その方は、たくさん質問があって、メモを持って行ったそうですが、1つも尋ねることが出来ずに帰ってきたとのことでした。

そこで困って私の事務所にお電話をくれました。時間をかけて、遺言の基本の事からお話をし、質問にもお答えして、その後、公正証書遺言の作成補助のご依頼をいただきました。

 

弁護士や行政書士などの専門家は、その人の仕事の進め方にもよりますが、相談・打合せの時間には多くの時間をかけていると思います。例えば、私の事務所でいいますと、3回ぐらい相談・打合せをします。1回目は約2時間、2回目は約1時間、3回目は約30分です。だんだんと時間が短くなってきます。それは、遺言書の説明をして、遺言者の理解が深まり、どういう風に財産を分けるかが決まってくるので、だんだんと自然に説明・打合せの時間が短くなってきます。

 

2、必要書類を自分で集めるのは、大変

 

公証役場で直接公正証書遺言を作成する場合、戸籍謄本、不動産の登記簿謄本、財産に関する資料などの必要書類は、ご自分で用意することになります。専門家に作成補助を依頼する場合、通常は、専門家が取得して用意してくれます。

 

戸籍謄本も、誰の戸籍謄本を取ればよいのか、どこの年代まで遡って取ればいいのか、難しいことがあります。

また、不動産の登記簿謄本を取得するのは、特に注意が必要です。

ご自宅の登記簿謄本を取るときは、多くの方は、建物で1通、土地で1通取ればよいと考えていると思います。

ところが、不動産によってですが、土地が2つや3つに分かれているところに建物が建っていたり、私道という個人の道を所有していることがあります。この場合に建物1通、土地1通の登記簿謄本を公証役場に提出すると公証人は、改めて調査などしないので、遺言書に記載されない土地などが発生することになります。公証人は、提出された書類で作成すれば、それでお仕事を果たしたことになります。提出した書類が間違っていたり、不足していた場合には、遺言者の責任になります。

遺言者が亡くなって、遺言書を使って相続手続きをするときに遺言書に記載されていない不動産があれば、相続人の方は大変困ってしまうでしょう。専門家であれば、そのようなことも考慮に入れて、必要書類を集めていきますので、ご自分で集めるより、記載漏れのない遺言書が出来るでしょう。

 

 

以上のことより、自筆証書遺言より公正証書遺言の方が優れていますし、公正証書遺言で作成する際は、弁護士や行政書士などに作成補助を依頼する方がご自身もご家族も、安心できると強く思います。